歴代会長の紹介
会長
筒井廣明
日本の肩関節の歴史は1974年に徳島で遠藤寿男先生が世話人として中部日本整形災害外科学会に併設して第1回日本肩関節研究会を開催され、1975年には山口で小田清彦先生がやはり中部日本整形災害外科学会に併設し第2回の肩関節研究会を開催されました。1976年には福岡で髙岸直人先生が第3回の日本肩関節研究会を開催され、その後、肩関節研究会内規が制定されました。
まだ肩関節研究会であった時代、会の目的は「肩関節に関する臨床研究の進歩・発展を目的とし、年一回研究会を開催し、学問の向上と会員の親睦を計る。」であり、研究会に関しても「研究会は形式にこだわることなく、時間的余裕を持って自由に意見の交換ができるように留意する。」と1977年1月14日に発効した「肩関節研究会内規」に記載されていました。
山本龍二先生が会長をされた第9回の肩関節研究会(1982年)で、次回から2日間にすることと、第1日目の終わりに参加者が一堂に会する懇親会をしていただく事が決まりました。つまり、肩関節研究会が内規にあるように、昼夜を問わず「時間的余裕を持って自由に意見の交換ができるように」なったのがこの時期だと、勝手に解釈しています。その頃の会員懇親会では「昼間の研究会の時よりも元気だね!」と言われた若手が何人もいました。
1990年10月11日に本会の名称が「日本肩関節学会」と変更され、1991年の第18回から研究会は学会として開催されるようになり、会則も1996年(平成8年)10月31日に改訂されました。
様々な変革を遂げている肩関節学会ですが、毎年、肩が大好きな小生にとって、肩の好きな人間の集まるこの会は胸がわくわくします。単に演題を聞いて討論するだけでなく、会員懇親会においても、その後の夜の飲み会でも、多施設が入り乱れ肩について語り合う雰囲気が何とも言えないからです。肩関節学会は内容のみならず参加者もこの30年間で底辺が拡がりつつあります。このことは、単に肩のマニアックな集まりではなく、むしろ整形外科の中で「肩は難しい」から「肩はおもしろい」と考えるようになってきた先生が増えてきているのではないのかと思われます。
世界の肩関節の中でも最も古い日本の肩関節学会が、第1回から現在に至るまで変わらず大事にしているのが、会場を1つしか使わないという運営形態です。参加者が同じ度量にいることを大切にしているそんな肩関節学会から帰り、学術集会のみならず休憩時間や会員懇親会などで得られた知識や様々なアイディアを上手に消化し、それぞれの環境にあった姿に組み立て、基礎的・臨床的研究に生かす事ができ、臨床の場では肩を治療することの楽しさを実感しながら、より多くの患者さんの喜ぶ顔を見ることにつながる会でありたいと思っております。
30年の歴史をもつ日本肩関節学会の「Turning Point」として位置づけた本学術集会が、日本の肩関節の活性化につながるよう会員各位のご協力をよろしくお願いいたします。